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異業種交流第2弾☆「世界フィギュアスケート選手権大会2019」

テーマ: 異業種交流
 
先日『フィギュアスケート世界選手権大会2019』に行って参りました。
 
 
初めてのさいたまスーパーアリーナ。
 
 
 
 
以前ブログで「本物に触れなさい」と恩師の浦上さんに教わった事を書きましたが、
 
あるとき本番前のメンタルコントロールが大切そうなフィギュアスケートの世界に触れてみようと思い、
 
たまたまネットで見た羽生結弦選手プロデュース「Continues ~with Wings~」という歴代レジェンド達が総出演するショーに行ったことがありました。
 

 
でも、表現者として一番見たいのは
本番前のメンタルコントロール。
それなら【競技】としてのフィギュアの試合が、一番参考になる。
 
前回は羽生選手は足のケガでジャンプを封印していてプルシェンコさんの滑りの方が印象に残りました。
だからジャンプを解放した羽生選手の本番の気迫を一度感じてみたい。
 
今回はがっつりスケートの事を書いてます。
かなり自分のためのディープな演技メモとして書くので、あまり興味のないひとはスルーしてくださいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
私の席はAゾーンの214扉、S席でした。
 
 
入り口では持ち物検査を実施。
会場通路ではオペラグラスや投げ込み用の花やグッズ、飲食物を売っていました。
 
 
 
 
 
 
私は食べなくても大丈夫なので、そのまま自分の席へ。
 
 
開演は12:30で、今10:30なのに、すでにリンクには沢山の人が???
そして時々聞こえる「キャ~ッ」という声。
皆さんが注目している先を見てみると…
 
 
練習中の羽生選手がいました。
 
 
オペラグラスで見てみると、宇野選手や田中選手、ネイサン選手、みんなリンクで練習。
アイスダンス前は練習時間なんですね。知らなかった。
 
羽生選手はフリー演技の冒頭から最初のジャンプまでを何度も何度も、繰り返していました。
明らかにショーの時とは違う、内側に全集中している様子。
 
 
私も役作りのとき、感情の流れや役の気持ちが掴みきれないと何度もしつこく繰り返すのでよく分かります。何度も落とし込むことで感情の流れを【感覚】が覚えていく。 

体と感覚に入ったら本番では忘れてゼロになる。全身を役に開いてやってくるうねりに没入する。
 
良かった。
こだわる人ってやっぱりそうなんだ。
すごく参考になる。
 
 
 
男子フリーが始まると、
改めて一人一人の選手が体験する緊張感が伝わってきました。
 
田中刑事選手は確か、同じ倉敷市出身・・・。
めちゃめちゃローカルな話ですが、
実家に帰った時よく行くカレー屋さんに、
田中選手の練習するというスケートリンクのチラシが貼ってありました。
 
初めての競技観戦なのでしっかり見ていると
次々にジャンプが成功して、とても良い感じ!
 
ジャンプの成功の度に歓声が上がり、日本の国旗があちこちで振られ、会場全体の手拍子が暖かくて、感動しました。終わるとスタンディングオベーションする人も。

日本開催だからか、和風のプログラムを滑る人もいたり、なんだか、みんな凄い。
 
それぞれの選手が素晴らしいステップやジャンプをしたら、それに見合った拍手や声援、スタンディングオベーションが送られる。
選手の調子を上げるために観客が手拍子を始める。
 
それにしても選手ごとに各国のフラッグが上がるのがすごい。
みんな全世界の国旗持ってるのかな?
 
 
何となく思ったのは、
スケートリンクはその日によって空気が違うんだろうなということ。
 
 
私達のお仕事でいうと、
「イベントによってエネルギーをもらう時と吸われる時がある」って言われるのと近いのかも。自分をしっかり保っていれば影響は受けないのだけれど。
 
 
なんとなく
ショートの日はみんな調子が悪いような気がしました。氷の状態だったのかもしれませんが。
 
そんな中どこまで実力を出せるか?
自分を信じられるか?
それは、普段の練習としっかりした自分軸なんだろうなと思います。
 
 
ここら辺はお芝居も共通しているなあ。
 
 
「やるべき事はやった。人事を尽くして天命を待つ」といえるくらいの練習と
「やるのは自分だ。」という気概。

緊張というエンジンを利用して自分の最大限・最高の演技をする。
役の魂に自分を開くためにトランスすることも必要だし、自分が何をやっているか、俯瞰で観察する冷静さも必要。
 
でも、私も過去、練習しすぎて
喉を壊してしまったことがありました。
【久遠の絆 再臨詔 】
という作品でヒロインの高原万葉を演じたとき。元々好きな日本神話をモチーフにした感動的なお話だったので最高のものを出したい!と気負いすぎ、号泣するシーンの練習で喉を潰してしまいました。
本番で一番良いものを出さないと意味がないのに、何をやってるんだ。
ベストコンディションの声帯で演じてあげることが出来なくて役に申し訳ない!と泣いたのを覚えてます。
 
その時思ったのは、
役というのはご縁で、その時の自分に出せる最高のものしか出来ない、ということ。
どんなに拘ってその時だけもっと練習したい!と思っても、喉を壊すほどやってはダメ。
悔しいなら、普段から実力をつけておくこと。
 
その時々で回ってきた役を、精一杯 
最善を尽くしてやるしかない。
それはきっと、その時の自分にしか演じられないからやってきたのだから。
 
そして、もし壊してしまったとしたら。
 
超絶集中して、最小限の時間で
練習したのと同じくらい濃いものを出すこともできる。最終的には本番が全てだから。
 
 
 
【スケートリンク】というのは
今まで頑張って練習してきたものを、すべて出し切る場所なんだと思います。

怪我の危険も練習中に一杯ある。
 
スケーターにとってはそれらすべてを受け止めてもらう神聖な場所。
 
だから羽生選手は氷に敬意を持って挨拶するんだろうな、と思いました。
 
 
 
ショートの日とは反対に、フリーのこの日は
リンクに『うまくいく流れ』があるように感じました。
みんなが成功して『うまくいく空気』が残ってるときはみんなうまく行く。
 
これもお芝居と同じ。
誰かが最高の芝居をすれば、スタジオ中が引っ張られて連鎖的にみんな良い芝居になる。
 
 
まだあまりスケート界に詳しくないのですが、
コリヤダという選手も、動きの一つ一つが美しくて丁寧で、印象に残りました。
 
 
それから、
初めての競技観戦で感心したのは観客席。
 
 
選手が入場するときは「がんばれ~!」と声援を送るけれど、始まる直前、選手が集中に入るとピタッと止まる。
歴戦の精鋭観戦者の方々なんだろうなぁ。

舞台演技とスケートが一番違うのはここかもしれない。
フィギュアはジャンプを決めた瞬間、観客からすぐにレスポンスがあり、歓声は選手に「力」を与える。失敗しても「拍手」というエネルギーがおくられる。
 
【競技】って、誰か一人を応援するものだと思っていたけれど、フィギュアスケートでは完全に一人一人の世界が展開していく。
 
どれだけ深く集中し
磨いてきた技を最高の状態で出しきれるか。
それぞれが積み重ねてきたものをリンクにぶつけるのを見て、すべての選手を応援したくなりました。

そうか…フィギュアで競技するってこういうことなんだ。
 
本番ならではのピリピリ感で
長時間にもかかわらずあっという間に時間が過ぎていきました。
 
 
 
そしていよいよ最終ブロック。
羽生選手の番。
 
21日のSPはTVで見ていたのですが
ジャンプを解禁した羽生選手の演技を生でみるのは初めて。
会場の緊張感が一気に高まったように感じました。
 
最初のジャンプの見事な着氷を見たとき
背筋にザワッ!!と鳥肌。
「戻った」 と思いました。
 
離れていたものが体を通って降りてきて、
しっかり氷と結びついたような
氷との信頼関係が復活したように見えました。
私が初めて「伝説のフリー」という映像を見たときと同じ感覚。
 
みなぎる気迫とエネルギーで生み出す強烈な世界観に会場全体が一気に引き込まれました。
 
 
ジャンプを飛ぶごとに割れんばかりの大歓声。
鼓膜が破れるかと思った。
 
 
切り取られているアップの映像と違って、肉眼でスケートリンク全体をみていると、
リンクの中で「気」を練って放出したり集めて解放したりしているのを感じます。
絵を描くように空間を練り、爆発させる。
 
 
リンクって不思議なところだ。。。
 
観客の意識がすべてそこに注がれる。
 
すべてがそこにある。
観客の意識はリンクと繋がっている。
 
だからあんなにダイレクトに
スケートから爆発的な刺激が伝わるのかもしれない。
 
「自分」も、そこにいるから。
 
 
リンクはキャンバスなんだ。

「究極の芸術を作りたい」というアーティストと
「美しいものを見たい」という観客の意識が
共にリンクで交じり合う。

「応援が力になる」の意味…

最初は観念的なものだと思っていたけれど
羽生選手の演技を見ているとよくわかります。
 
本当に、リンクにエネルギーが注がれてる。
 
それは素材となって、
一緒にプログラムを作り上げている。

前日のSPの不調も、当然みんなの不安にあったのかもしれないけど

羽生選手の、ひとつひとつを刻み付けるような美しい動き、魂がほとばしるようなジャンプをやり遂げていくのをみて
 

人々のボルテージが爆発しました。
 
 
肉体が振動するほどの、地響きの轟音のような歓声。
 
 
興奮と喜びの爆発で会場全体が本当に揺れて
天井がふっ飛ぶかと思った。
 
 
耳が、というより、
この巨大な会場の空気がひとつになって
まるでエネルギーのスターバースト現象が起こっているような。 
 
 
新しくエネルギーが生まれ
 
 
ぶつかり合って膨れ上がる。
 
 
生命力が、沸き起こる。
 
 
なんだろう。
 
 
涙があふれて止まらない。
 
 
どんどん、どんどん、ジャンプを決めていく。
 
 
命が、弾けていく。
 
 
そのたびに揺れる会場。
 
 
鳥肌。
 
 
爆発する歓声。
 
 
よくわからない。
 
 
涙で見えなくなるのでぬぐいながら見ました。
 
 
羽生選手が4T3Aを決めると
「もう、なんなの?この人は~」と後ろから涙声が聞こえる。
 
 
みんな、泣いている。
 
 
なんでこんなに魂に刻まれるのだろう?
 
 
「メンタルコントロールを…」なんて思ってたけど、 忘れてた。
 
 
目の前にあるのはただ、
 
表現の限りを尽くし
 
全力で燃焼する命だった。
 
 
そしてプーさんの雪崩。
 
みるみる黄色に染まっていくリンク。
はじめて見たけれど、圧巻でした。

そのあとの事はあまり印象に残っていない。
 
あの、ものすごい演技のあとに、
落ち着き払って、冷静にすべての技をこなしていったネイサン選手。 
 
あのメンタルコントロールに高難度ジャンプ。
鍛えられた身体的能力。
それは本当にすごいと思った。。。
 
しかしあの熱量は越えなかった。
だから点数を知った時「?」と思いました。
 
でも昇華された芸術作品を見た後だったので、
もうどうでもよい事のようにも感じました。
 
それぞれの技を全力で出しきるこの場は
競技自体を忘れさせてしまう。
 
 
本当に感動したのは羽生選手。
 
 
ここまで観客の心を震わせ、感動と興奮と熱狂の渦に巻き込んだと言う意味では
間違いなく彼は金メダルだと思います。
 
あまりスケートに詳しくない素人目だけれど
一応、20年以上表現の世界にいるものとして
率直に一番すごいと感じました。
4分間すべてに、魂が籠もっていました。
 
どれだけのものを人の心に残したか。
 
感動には点数はつけられない。
 
だから芸術は神聖なのかもしれません。
 
それは見た人が一番分かってる。
 
 
いつか、すべての人が「素晴らしい」と感じる演技に、ふわしい採点が与えられるようになっていけばいいな。
 


「スポーツ」的にも「芸術」的にも
公平な採点方法ってどんなものなんだろう?


★ジャッジが演技を見た瞬間の脳波をはかるとか?(笑)
★技の完成度や正確さはAIに任せて、演技構成点だけ人間がジャッジするとか
★ジャッジもジャッジされるシステムを作り、自国選手は審判しない…とか?
 
 
なんだか最後は採点の話になってしまいましたが、当日はそんなことを超えてしまうほど一人一人の選手が全力をぶつけ合う空間のエネルギーはもの凄かったです。
 
初めて競技としてのフィギュアを見たけれど
「加点重視の構成か」
「美しさ重視の構成か」で
こんなに点差が出るのか~と思いました。
 

芸術は人の心を揺さぶる為に存在するもの。
とくにフィギュアは芸術性の高いスポーツ。
美しさは絶対条件。
 
お芝居でもそうですが、
一つの台詞だけがよくても、流れが繋がっていなければバラバラで、トータルで見たとき全く感動しない。
全体の流れがあって初めて「作品」だから。
 
おそらくフィギュアも、
加点だけ意識した演技では
観客と深いレベルで繋がれない。
 
でも競技的には採点でジャッジされるから
 
勝つためには、
【ジャンプの配置】や美しい流れをある程度犠牲にしなくてはいけない。
こだわりを持つひとには死ぬほどつらいと思います。
 
 
畑は違うけど私たちの職業の場合、
この感情を完璧に台詞に表現したいのにどうしても「尺」が足らない!
だからニュアンスを無理やり削って口パク内に収める…なんて時に似ているのかな?

良いシーンであればあるほど、そうしなくちゃいけない時は辛い。
 
 
あと、個人的に参考になったのは会場の「歓声」でした。
アニメの現場では大人数の雑踏や歓声などを全員で収録する「ガヤ」という作業があるのですが、本物の、ギリギリの鍔迫り合いの勝負の中で、本当に凄いものを見たときの

「うあああああぁ~‼️‼️!!!!!!!!!!!!」という歓声。
 
声を出す、というより
激情で勝手に体が「鳴る」感じなんですね^^
勉強になりました。
 
 
思った以上に長々と書いてしまいましたが
表現者として本当に色々触発されたので
異業種交流第三弾…あるかも(笑)
 
全選手の皆様、スタッフの皆様、会場にいらした皆様、お疲れ様でした^^
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。


※このあと、不勉強なので伏せ字にしていたのですが、見えるようにして下さいとのご意見を頂いたので公開します😊


 

採点方法について書いていた部分は知識不足のため、伏字にしました。よく勉強してからUPしたいと思います。

 
 
気になったので、後で採点方法について調べるとこんな文章を発見。
「フィギュアの点数は大まかにいえば「技術点」と「演技構成点」の2種類。ジャンプやステップなどが前者で、表現力といわれるものが後者となる。両者は公平にポイントが割り当てられているわけではない。」
 
はじめて競技を見た正直な感想ですが、
あれだけ拮抗した演技をしていたのに、点数が拮抗してなくて、なんか変…?
と違和感はありました。
 
表現を仕事にしている人なら誰でも、トータルな【作品】としての芸術性に触発される。
 
「見ている人にどれほど感動を与えられるか?
全体の流れの中でいかに美しく技術を見せるか」がフィギュアの意義だと聞いたのに
採点のウェイトがスポーツに偏り過ぎてるような 印象がありました。
 
バランスが取れてこそ人の心を惹き付ける。
尊敬していた音響監督の 【作品は総合芸術】という言葉を思い出します。
 
フィギュアが【芸術+スポーツ】の複合競技で、
★『技術点』が技の完成度
★『演技構成点』が表現力や芸術性、流れの美しさ
 
だとすれば、
ジャンプや技だけについてくる出来映えとか、基礎点が高すぎるのかな?
 
「技術」と「芸術」の調和がもっと公平に評価されないと、フィギュア界はこれから
【スポーツ寄り】で【技重視】の
後半高難度ぴょんぴょん飛び魚大会になっていくのでは?
 
ジャンプ基礎点/GOEだけじゃなく、 
「全体的な流れ・表現力・芸術性」を評価する点数バランスを
もう少し上げればいいのかもしれない。
→これが、PCSというやつかしら?
 
そうすれば総合的に、技も、芸術性も、追求する意味が出てくる。
 
「とにかく高難度ジャンプを飛びまくれ!
流れや芸術性より高い基礎点だよ。
全体のバランスの美しさや表現力磨いたって大して点にならないよ。」
てことなのかな?
 
そうなると、羽生選手みたいな表現力と
技やジャンプの美しさに特化したような選手は今後いなくなっていくのでは・・・?
と、素人考えですが心配になってしまいました。

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