ついこないだまで、寒さに震えていたように記憶しているのに、もうジメジメ・蒸し暑い時期になってきました。思えばこのブログを書き始めたのも6月で、蒸し暑い日だったのを思い出します。随分前のように思いますが、まだ一年しか経ってなくて、びっくりです。

 

それはさておき

 

この時期特有の悩みというのがいくつかあるかと思いますが、その中の一つが体臭。特に、男性は汗をかきやすいので気にしている人も多いのではないでしょうか。

 

かくいう私も、典型的な汗っかきの一人。決して太っている方ではないはずなのですが、ちょっと動いただけで、シャワーお先でした、くらいに汗をかいてしまいます。辛いものや温かいものを食べた時も、頭のてっぺんから、噴水のように汗をかいてしまい、随分前の話ですが、タイ料理屋でトムヤムクンスープを食べて、お店の人に大丈夫ですか?と心配されたほど。

 

実は、こうしたジャンジャン出る汗は、ほとんど水なのであまり臭くならないという話もあるのですが、やはり気になるもので、この時期は殺菌ソープとか、体臭防止ボディソープなんかを目で追ってしまいます。まあ、実際には、開発品のテストをやっているうちに季節が終わっていることも多いのですが・・・。

 

殺菌ソープについては、つい数年前に、ちょっとした事件があり、化粧品業界に詳しい人はご存知の方も多いかと思います。世間一般にはあまり大騒ぎにはならなかった印象なのですが、化粧品業界はそれはもう大騒ぎでした。

 

殺菌成分の一つである「トリクロサン」という成分を配合禁止にするという指導が厚生労働省から公式に出たのです。

 

薬生薬審発 0930 第4号  薬用石けんに関する取扱い等について

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11125000-Iyakushokuhinkyoku-Anzentaisakuka/0000138230.pdf

 

 

とはいえ、業界のツウたちは、アメリカでそんな動きがあることを知っていたので、ああ、来たか、くらいの反応だったのですが、意外に大手も驚いたりして。そして例によって裏側を知らない個人が、事実を捻じ曲げたアオリ記事を書いて、ちょっとしたブームになっていたり。私も、説明に駆り出されたり、応答問答集を書いたりと、めんどくさい仕事をした記憶があります。

 

実は、このトリクロサン配合禁止の背景は、ちょっと複雑です。

 

「禁止」=「危険物」という認識で、毒入り化粧品が発売禁止になった、みたいな書き方をしていた記事を見たことがありますが、これは本当に間違い。そもそも、日本の医薬部外品主剤を許認可された殺菌剤という時点で、安全性にはものすごい厳しい確認がされています。もちろん殺菌剤ですから、完全に安全とはいえず、確かに多少のリスクはあります。でも洗い流すものですし、長い長い間、比較的安全と思われて使われていた原料が、なぜ禁止になったのか。

 

それは、

 

「トリクロサンを入れた石鹸と、入れない石鹸を比較したら、殺菌効果に差がなかった」

 

という事実に基づいています。つまり、「トリクロサンが危険だから禁止にする」のではなく、「入れても入れなくても同じなら入れない方がいいじゃないか」ということなのです。結果は同じですが、この経緯はだいぶ違います。

 

この経緯には、こんな感じの論法が使われています。米国で採用されたものですが

 

・トリクロサンを殺菌のために石鹸に入れるのは意味がない。効果は無くても同じだから。

・トリクロサンが無くても殺菌できるなら、わざわざ入れる必要はない。

・トリクロサンを入れておくことで、トリクロサンの耐性菌ができる可能性を生んでいる。(これについては、かなり眉唾という意見も多し。私もこじつけに思えます)

・入れるメリットが無いのに、入れるデメリットが少しでもあるのなら入れない方がいい。

 

という論法で禁止になったらしいのです。なんだこりゃって感じですよね。

 

まあ、日本ではトリクロサンそのものに対して、あまり良いイメージがないため、実際に使っているメーカーは少なく、あまり実害はなかったようなのですが。私個人は、その時にたまたま殺菌系ソープの企画をやっていて、では実際に使うのはなんだという話になった時、日本では「イソプロピルメチルフェノール」という成分がメジャーだということを知りました。

 

どうも、化学出身の人間は、トリクロサンとか塩化ベンザルコニウムといた塩素系の殺菌成分の方が効く気がするんですよねえ。

 

ちなみに、サクッと無視しましたが

 

「トリクロサンを入れた石鹸と、入れない石鹸を比較したら、殺菌効果に差がなかった」

 

という事実は、意外に注目されていなくて、化粧品開発担当としてはホッとしつつ、個人的にはちょっとがっかりした記憶があります。

 

脂肪酸石鹸は、基本的にはアルカリ性です。古くから使われている洗浄剤なので「石鹸」というと、安全性の高い製品の一つと思われがちですが、実際には非常に洗浄力が強く、特にナチュラル系の石鹸などでは正体不明の不純物が入っていたり、安定性を高めるためにアルカリ剤を多めに入れたいたりということがあり、それなりのリスクがあります。まあ、肌に残った洗浄成分があまり悪さをしない仕組みを持っているという強力な利点もあるのですが。

 

この辺の話は、以前ご紹介したことがあります。

 

石鹸の秘密について技術者目線で語ってみる

https://ameblo.jp/m-skincare/entry-12330394770.html

 

液体石鹸の場合は脂肪酸とカリウム、固形石鹸の場合は脂肪酸とナトリウムの組み合わせによる石鹸が主成分になり、液体石鹸の場合はpH11~12くらい、固形石鹸の場合は10前後となり、結構なアルカリです。このくらいになると、菌の繁殖はほとんどなくて、そのため石鹸には防腐剤が入っていないケースが多いものです。というより、むしろ殺菌できるくらいの能力があり、わざわざ抗菌剤を追加しなくても、殺菌できるということです。

 

実はこの事実は、化粧品の研究開発者の間では、30年以上前から知られていた事実であり、特に驚いたりはしません。では、なぜわざわざ殺菌剤を追加して「殺菌ソープ」を作るのか。これには、日本の医薬部外品制度の闇が絡んでいます。

 

つまり、殺菌成分を入れないと、有効成分すなわち専門用語でいうところの「主剤」が無い事になり、その場合は「医薬部外品」になりません。そして、部外品にしないと、殺菌・抗菌という機能が表示できないというルールがあるのです。

 

そんなわけで、今でも殺菌ソープは存在し、機能的には不要な殺菌剤が入っているのです。

 

ちなみに、このトリクロサンの話は、石鹸に限ったことだけだということをお忘れなく。例えば、アミノ酸系などの、ソープではトリクロサンの配合は許可されています。元々の洗浄剤に殺菌力がないため、この場合は「殺菌剤を入れないと殺菌力がないが、殺菌剤を入れると殺菌力が出る」ので、入れる意味があるということ。

 

もっとも、最近は、この辺の事実をきちんと理解している人が少ないため、トリクロサンを使用すること自体、まれという事態になってしまっています。

 

とまあ、くどくど、現在の薬機法の矛盾点などについて、地味に批判しつつ説明してきたわけですが、そっくりまとめて、何が言いたいかというと

 

「石鹸て優秀だな」

 

ということ。殺菌剤なんか入っていない、普通の石鹸で体を洗うことが、抗菌につながっているということなのです。