毎日新聞夕刊
2019.4.17

 山口真帆さん――。

 公開での呼びかけをお許しください。NGT48に所属するあなたが、今年初め、インターネットメディアで泣きながら訴えた――ファンとみられる男らにマンションの自室前で顔面をつかまれる等の被害を受けたという。その告白は、世に衝撃を与えました。男らは暴行容疑で逮捕されたが、不起訴となった。被害者であるあなたが、なぜかステージ上で謝罪するに至り、その間、グループの運営サイドはまったく見解を示さない。NGTの運営に批判が集中した。当然でしょう。

男らとつながっていたというグループのメンバーに対する厳正な処分を、あなたは求めた。運営サイドの対応は後手に回り、結局、劇場支配人が交代して、第三者委員会の検証を待つという曖昧な姿勢となる。到底、納得できるものではありません。

山口さん、私はあなたとお話ししたことはないけれど、一昨年、新潟の劇場でNGT48の公演を拝見しました。素晴らしいステージでした。私を誘ってくれたのは地元紙『新潟日報』の記者の方です。NGT48を愛するその記者を、あなたはご存じかもしれません。急遽、上京した彼は私に面会を求めました。ひどく深刻な表情でNGTの惨状を訴えた。依頼され、2月に私は『新潟日報』に寄稿して、こう書きました。

〈まず、山口さんのことが心配だ。男らに襲われて、どれほど恐ろしかったことだろう。被害者が勇気を持って告発した。その結果、彼女を孤立させたり、これ以上、苦しめたりするようなことがあっては、絶対にならない。山口さんの処遇を注視したい〉

それゆえ、3月22日のAKS(AKB48グループの運営主体)による記者会見をネット中継で見て、唖然としました。これは、ひどい。第三者委員会のメンバーが誰一人出席せず、松村匠取締役は調査報告の内容すら把握していない。ぐだぐだ会見だ。騒動後、いったい何をやっていたのか!

山口さん、ずっと沈黙を守っていたあなたが会見中、反論ツイートを投稿しました。〈なんで嘘ばかりつくんでしょうか。本当に悲しい〉。騒然となった。怒りと悲しみに満ち、しかし筋道の通ったあなたの反論は、運営サイドの不誠実な釈明会見を粉砕しました。

あなたのツイートを読んで、私は身が震えた。アイドルが、自分を支配する運営に対して、公然と反旗をひるがえした。ただで済むとは思っていないだろう。命懸けだ。なぜ、そんな無謀なことをやったのか? それはあなたが「アイドルを愛している」からだ。あなたにとってのアイドルとは、清く正しいものです。ファンと私的につながったり、不正を見過ごしたりする卑劣なものではない。男らに襲われ、傷つき、運営やメンバーから孤立を強いられ、じっと沈黙して耐え、あなたは自ら信じたアイドル像を守り、遂に爆発しました。結果、NGT48は地に落ちた。いやAKB48グループやアイドル界全体さえ崩壊の危機に陥っているように見えます。

女の子を傷つけて、大人たちが商売している、アイドルなんてなくしちまえ。そんな蔑視や敵視は怖くない。これまでもありました。私が真に恐ろしいのは、山口さん、あなたのアイドルに対する愛です。自らのアイドル生命を賭して、戦い、守り抜こうとする本気の愛なのです。あなたの純粋すぎるアイドルへの愛こそが、今、現在の(妥協や虚飾をも孕む)アイドルの世界を滅ぼそうとしている。

この原稿は、4月8日に書いています。33年前のこの日、18歳の少女アイドルが身を投げて死んだ。私は彼女と一度だけ、話したことがあります。その少女は、あなたと同じように本気でアイドルを愛し、信じていました。私は彼女のために何もできなかった。アイドルの魅力を伝える仕事をしているのに。自らの無力さを恥じます。ただ毎年、この日には必ず、彼女が身を投げた場所へと行って手を合わせる。今年は山口さん、あなたのことを思い、祈りました。アイドルを愛する女の子が、その結果、決して不幸になってはいけない、心からそう願っています。

中森明夫


以上、毎日新聞夕刊(2019.4.17)より





上記の文章を綴った中森明夫さんが、Twitterで次のようにツイートしています。


中森明夫
@a_i_jp
2019年4月21日

山口真帆さんへ…と題する文章を毎日新聞の水曜夕刊に書きました。金曜の朝、山口さん御本人からDMでお礼のメッセージをいただきました。私信ですので、内容は明かせませんが、読み終えて号泣してしまいました。文章を書く仕事を40年近く続けてきて、よかった。山口真帆さん、ありがとうございます。



中森明夫さんを号泣させたという山口真帆さんのお礼のメッセージ、それは多分、自分の行動を理解してくれた人への感謝の思いに満ち溢れたものだったのだと想像されます。

そんな律儀で「清く正しいアイドル」である山口真帆さんが生きていく場所がNGTにないのだとしたら、NGTがアイドルグループを名乗る資格はもはやありません。

ついでに言えば、こんな事態になっても何のコメントも発しない秋元康は、AKBグループの総合プロデューサーとしての責任をどう考えているのでしょうか。

思えば、正統派アイドルである渡辺麻友が脇に追いやられ、破天荒なアイドルである指原莉乃がAKBのトップになってから、「清く正しいアイドル」の居心地が悪くなってきたようにも思えます(指原莉乃を批判している訳ではありません)。

「清くも正しくもないアイドル」をプロデューサーが面白がるのは勝手ですが、そのために「清く正しいアイドル」が泣いているのだとしたら本末転倒です。

正統派アイドルが中心にいてこそ、破天荒なアイドルが輝くことができるからです。

真面目な「清く正しいアイドル」を馬鹿にして、売れたもの勝ちとばかりに裏であれこれ画策する薄汚いアイドルばかりになったら、アイドルの世界から輝きは失われます。

山口真帆さんが卒業せざるを得ないようなアイドルグループからは、アイドルファンも卒業するまでです。