オルガニストには「かかとを使う派」と、意地でも「使わない派」の二種類が存在します。

 

その他にもいろいろ流派があるようですが、おおまかには古典奏法と近代奏法に分かれ、新参者の自分には知り得ない深い溝があるようです。

メソッドが違うわけですからお互いに相容れない部分があるのは当然として、同じ楽曲の演奏方法について主義主張が違う訳で、骨肉の争いになります。
いや、戦ってはないけど(笑)

オルガニスト全体でみると古典奏法奏者はマイノリティだと思いますが、著名なピリオド楽器奏者で「バッハの曲で、つま先だけで弾けない曲は無い」と断言したオルガニストもいらっしゃいました。

当のバッハが当時どのように弾いていたかは知る余地もありませんが、伝聞によれば「ペダルの上で両足が羽の生えたように飛び跳ねて弾いていた」とのことですので、つま先奏法なのかなーと思ったりもします。

 

でもライプツィヒ博物館に展示してあるバッハオルガンのペダルを見ると、ベンチ下まである長いタイプのようで、かかともイケそうに見えたりして。

師匠は「かかとも使ってたと思うよー」と仰ってましたが。


古い楽器で足鍵盤が短いものは物理的につま先以外では演奏できませんので、汎用性は「つま先オンリー」の方に分がありますが、難易度が高くなります。

なぜなら、かかとを使う近代奏法では足首を回転させてペダル間隔を取ることが出来ますが、つま先奏法では左右の足を交互に使うのが原則なので、音を外し易いという問題があります。

 

しかしながら、つま先とかかとのタッチコントロールには大きな差があり、繊細なコントロールはつま先でないと難しいです。

 

L.NILSONのPEDAL PLAYING   For the Organ

近代奏法の体系的な技術研究とテクニカルスタディより



かように両派には一長一短があり、現在のオルガニストの足さばきもバラエディに富むことになりました。

 

ロマン派以降のオルガン作品は基本的に近代奏法を前提としていますので、トラディショナルな奏法を堅持しているのは、古典派以前の作品をメインフィールドにしている古楽器奏者ということになるのでしょうか。

…………

と、ここまで書いて、「ダブルペダル奏法って結構昔からあるよね?」と気が付いてしまいました。

つま先とかかとを使えば、片足で2音、両足で最大4音を同時に発音させることができますが、大バッハ以前にも結構そんな作品があったような?

ペトルッチ音楽ライブラリーの楽譜をつらつら見ると、北ドイツオルガン楽派が隆盛を極めた時期の作品にはもちろん、イタリアのパレストリーナの時代からばんばんダブルペダルの曲があります(笑)

 

さすがに動きの激しいものはスヴェーリンク以前にはありませんが、二重ペダルによる対位的な動きが大バッハ前のリューベックやブルーンスには頻出しており、これ、つま先だけじゃ無理じゃね?と素人は思ってしまいます。

そもそも有名な曲でJ.S.バッハのコラール前奏曲「バビロン川のほとりにて」BWV653bはペダルが完全な二声体で書かれていました。

 

右手の伸びやかなコラール旋律の下、左手とペダルは常時二声体で動いています


この曲のエピソードとして伝わっている、バッハが老ラインケンの前で延々と技法を尽くして演奏披露したのを目の当たりにして宣った、

「わたしはこのオルガンの技法はもう滅んでしまったものと思っていましたが、それが貴方の中になお生き続けているのがわかりました。」

と賞賛した話の真意は、即興演奏の見事さも然りながら、ダブルペダルの技法の事を言っているのかな、と思ってみたり。

それでは確認とYouTubeで探してみると…
両足のつま先だけで弾いている方いますわ(驚)

片足だけで音を繋げていくのは難しそうですが、つま先の両端で上手くタッチしながらかかとを使わずに二声を奏する事が可能なのですねぇ…

と言う事で、ダブルペダルにかかとの使用は必須ではなく、伝統技法の奥深さを
再認識しました。

さすがに三重音以上はかかとを使用しないと不可能ですが、そういった作品はロマン派以前には無かったようです。

…………

と、結論としては「つま先派の勢力侮りがたし!」として話をまとめようと思っていたのですが、改めて良書「オルガン演奏の方法:ハロルド・グリーソン著」の足鍵盤の技術の項をつらつら読んでみるとー

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シュリックによるHomage to Charles V「チャールズ5世への忠誠の誓い」を収録した写本には聖歌Ascendo ad Patrem「昇天」が手鍵盤で6声部、足鍵盤で4声部、合計で10声部に作曲されていて、足鍵盤の部門では、各々の足で3度の音程を演奏することが要求されている。

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との記述があるではありませんか!
シュリックは16世紀のドイツ人でスウェーリンクの前の人です。自作品でかかとを使ったペダルワークをしたのは明らかです。
さあ、どうしましょう(笑)

グリーソンの著書では、その後18世紀後半までペダリングに関する指示や記述はなかったと書かれていますので、ペダルに関する高度な技術が中世フランドル地方で一旦確立されたものの、その後完全に忘れ去られた時があったのかも知れませんね。

いや、それがどうしたとか、一介の数奇者には何の関係もない事なのですが(笑)


まー、かかとを使用しようとしまいと、色々流派があろうともペダル道は険しく、果てはございません。

しかしながら、昨日出来なかったことが今日出来るようになるササヤカな喜びがある限りは、オルガンな日々は続いていくのでありました。