新型コロナウイルスの感染防止のために安倍総理が1戸2枚の布マスクを配布する」と突然表明したことをめぐって、首相と日ごろ昵懇の右派作家がこれに噛みつき内ゲバの様相を呈している。

 

作家の百田尚樹氏は「一つの家庭に2枚の布マスク?なんやねん、それ。大臣が勢揃いして決めたのがそれかい!アホの集まりか。全世帯に郵便で2枚のマスクを配るって…。そんなことより、緊急事態宣言とかカネを配るとかパチンコ店禁止とか、やることあるやろ」とツイートした。

 

百田氏が日ごろ批判して止まない朝日新聞によると、発案者は「経済官庁出身の官邸官僚だった」(朝日新聞4月2日朝刊)という。マスクの担当は厚労省とばかり思っていたが、どうやら経産省出身の官邸官僚のようだ。彼は「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」といって首相に布マスク配布を進言したという。

 

この布マスク、昭和40年代前後の小・中学生だった方なら思い出されるとおもうが、洗えば何回も使える木綿製「ガーゼマスク」のことだ。安倍総理に近い政治ジャーナリストの田崎史郎氏によれば「いまベトナムやミャンマーでどんどん作らせている。最初は2枚だが今後、3枚、4枚と追加して配布する予定だ」(4月3日TBS「ひるおび」)という。

 

総理は国民の受けを狙って布マスクの2枚配布を決めたのだろうが、総理シンパの右派作家だけでなく国民の多くに不評だった。「全国民の不安がパッと消える」どころか「全国民の不満がどっと噴出した」ようで、安倍総理には誤算だっただろう

 

なぜ、国民の多くに不評だったのか。配布される布製マスクは小学生らが昼食時に付ける「給食マスク」のようなマスクだ。網目が荒い粗末な布製マスクがコロナウイルス感染防止に役立つかどうか、疑問なのだ。

 

マスクには、ウイルスや微粒子の侵入を防げるかその程度によって、布製マスク(ガーゼマスク)、市販の不織布マスク、医療用の不織布マスク(サージカルマスク)、より高密度の飛沫感染対策用の医療従事者向けN95マスクなどがある。配布される布製マスクは、自分のくしゃみなどの飛散を少なくする程度の効果はあるが、網目が粗くウイルス等の侵入防止の最も効果がないマスクだ。

 

英国の医学誌に発表された論文では、「1607人の医療従事者を、医療用マスクをつける人、布マスクをつける人、マスクをつけたり外したりする人に分けて感染リスクを比べたところ、布マスクをつけた人が最も呼吸器疾患やインフルエンザ症状を示した人が多かった」(朝日新聞4月2日朝刊)という。聖路加国際大学の大西一成准教授(公衆衛生学)も「布マスクには他者からの感染を防ぐ効果は全く期待できない」と断言したと書いている。

 

ウイルス侵入防止効果が高い医療用のサージカルマスク、N95マスクとは言わないが、配ってくれるのなら布製マスクではなくせめて市販の不織布マスクにしてもらいたいというのが多くの国民の本音だろう。

 

小宅に備蓄していた使い捨てのお徳用不織布マスクは1枚40円前後、ユニ・チャームの「超快適」は1枚64円だった。配布されるのは1枚200円もする布製マスクだ。総理は防止効果の薄い布製マスクを5000世帯(住所)に2枚ずつ計1億枚配布するという、その費用は1億枚で総額200億円だ。この配送は日本郵政に担わせるというのだが、その郵便代金を支払うことになれば総費用は300億円近くかかる計算になる

 

総理には300億円近いわれわれの税金を布製マスクに勝手に使うなといいたくもなる(与党自民党も配布を知らなかった)が、使うのなら市販の不織布マスクの供給拡大に使ってもらいたいと思っている国民が多いのではないか。

 

マスクは例年だと月平均4.5億枚程度で供給されている。そのうちで輸入8割(中国製が6割)、国産は2割程度だ。だが新型コロナ感染拡大で中国からの輸入が途絶する一方、需要が急増、極度の品不足に陥った。マスクが店頭から蒸発、容易に手に入らなくなったのはコロナ感染拡大で中国の武漢が閉鎖された1月下旬からだ。そこから2か月以上たって配布されるのが不織布マスクではなく布製マスクだったのだから、唖然とするほかない

 

もちろん政府はユニ・チャーム、アイリスオーヤマ、日本バイリーンなど国内の大手マスクメーカーに増産を要請、各社もこれに応じた。一方、政府は2月20日、「マスク生産設備導入支援補助金」(予算額6.1億円)を導入、これに応じたシャープ(電機)、興和、明星産商、北陸ウェブなど大小14企業が設備を増強、月産最大約8200万枚のマスク生産能力を積み上げている。

 

安倍総理は、3月28日の記者会見で3月は6億枚を超える規模で供給、平年の需要を上回る供給量を確保している。また4月は、さらなる生産の増強および輸入の増加によって7億枚を超える供給を行う」といった。だが、なぜかドラグストアの店頭にはまだ「在庫なし、入荷未定」の札が掛けられ、一般国民がマスクをなかなか買えない状況が依然続いているのだ。

 

1か月後には通常時の倍近い7億枚のマスク供給が予定されているのに、なぜ店頭にマスクがないのか。増産されたマスクは医療機関や地方自治体に優先的に配分されているというが、「全国マスク工業会の担当者は、供給量の6割から7割以上は小売店に回っているはずだが…」(東京新聞Web3月28日)といっている。生産から卸、小売店に至るどこかで流通が滞っているのではないか、と疑わざるを得ない

 

この疑問に対して厚労省の担当者は「工場出荷後のマスクの流通状況は把握できていない。流通過程はプレーヤーが多くて把握するのは難しい」(4月2日ロイター東京)と答えたという。台湾では、政府がリアルタイムマスクマップという仕組みを作る、どこの小売店に在庫があるかスマートフォンで探せるようになっている。これについても厚労省の担当者は「台湾と同様の仕組みをすぐ構築するのは難しい」(ロイター東京)といってはばからない。日本のITはずいぶん遅れているようだ。

 

マスクの流通在庫をトレース(追跡)できなければ、いくら作ってもドラッグストアの店頭にマスクは並ばない。流通の途中で在庫が抜かれ海外に高値で転売されてもわからないのではないか。。しかし政府は6億枚のマスクがどこにどの程度の量が流通しているか、説明していない。説明が尽くされていれば国民は不織布マスクの流通在庫が十分あることを知り買いだめに走る必要がなくなる。

 

300億円近い布マスク配布予算があれば台湾式の「マスクマップ」ができるのではないか。さらに布マスク配布予算に60~70億円を足せば1年分4.5億枚のマスクを政府が買い上げ、国民に分かるように流通させることができる。ちなみに富士経済調べによれば2019年のマスクの市場規模は358億円だった。

 

それでも染が拡大してマスクが足りないのなら、国産能力をさらに増やせばいい。約6億円の補助金で1億枚近いでマスク生産能力を積み上げることができたのだから。

 

だがもう配布用の布マスクは業者に発注済みだろう。ここで配布を中止し予算を他に回すことはできないだろう。どうやら「官邸官僚」の浅知恵にのって人気取りに忙しい安倍総理は国民の税金を無駄に使ってしまったようだ