正造の石 | 俺の命はウルトラ・アイ

正造の石

 『正造の石』

 舞台 劇団民藝公演

 平成三十一年(2019年)二月十八日(月曜日)鑑賞

 会場 紀伊国屋サザンシアター

 

 作 池端俊策

    河本瑞貴

 

 装置 勝野英雄

 照明 前田照夫

 衣裳 松本昌子

 効果 岩田直行

 舞台監督 風間拓洋

 

 出演

 

 森田咲子(新田サチ)

 

 樫山文枝(福田英子)

 

 神敏将(石川三四郎)

 大野裕生(新田新吉)

 山梨光圀(新田良助)

 本廣信吾(一柳公秀)

 近藤一輝(小山田龍之介)

 保坂剛大(新谷糺)

 望月ゆかり(堺為子)

 

 境賢一(日下部錠太郎)

 吉田正朗(本安吾朗)

 大中耀洋(石川啄木)

 金井由妃(娼婦)

 山本哲也(原敬)

 船坂博子(直居スミ)

 梶野稔(高木)

 

 仙北谷和子(景山楳子)

 

 伊藤孝雄(田中正造)

 

 演出 丹野郁弓

 

 

  明治三十九年(1906年)日本は日露戦争でロシアに

戦争で勝ったことに賑わっていた。しかし、谷中村では

足尾銅山の鉱毒によって水や田畑が汚染され、収穫で

ある筈の農作物が危険で食べられない程危機が迫って

いる。

 若き女性新田サチの家も足尾銅山の鉱毒に苦しめ

られていた。父良助も悩み、日露戦争の英雄と呼ばれ

学業も優秀だった兄信吉もサチの将来と村の平安を

祈っていた。

 信吉・サチ兄妹が尊敬する人は、足尾銅山閉鎖の為

に粉骨砕身の精神で奮闘している元国会議員田中正

造先生であった。

 正造は明治天皇に直訴した後、政府が足尾銅山を

閉鎖しないことを悲しみつつ、村を水没させてでも開発

を続けようとする政策に怒り、非暴力で抵抗し、谷中村

の人々を見守る。

 サチは正造先生から渡良瀬川の石を貰う。正造は谷

中村での暮らしの厳しさを思い、東京での婦人解放運動

に尽力している福田英子の家でお手伝いとして働く事を

世話してくれる。

 

 官憲の日下部は、サチに福田家には社会主義者が

集まるので、どんな会話が語られているか教えて欲しい

と頼む。スパイの役割と知らずサチは福田家で働き、

「社会主義者は国家転覆を企んでいる」という日下部

の言葉を鵜呑みにして、聞いたことや教わったことを

伝えて行く。

 

 英子は女性解放に熱く取り組む運動家だった。

 

 女の子を見れば口説いて迫ってしまう石川三四郎は

サチにも口説きをして、拒否される。英子は弟のように

可愛がっている三四郎の口説きの激しさに嫉妬を感じ

てしまう。

 

 字が読めなかったサチは英子や三四郎や福田家の

お婆様楳子の指導で学び、人権の尊さに目覚める。

 

 正造は、常に官憲に見張られているので、儂の身は

安全と蜜柑を食べながら見張る日下部を意識しつつ

言い放った。

 

 しかし、三四郎が逮捕されてしまい、サチはスパイと

して利用されていたことを知り、情報提供を日下部に

拒否した。

 

 故郷谷中村では政府が補助金を払い、住民に立ち

退きを迫り村を汚染した水で埋めようとしていた。

 政府に役人の地位を恵まれた信吉は、何と走狗に

なって村を裏切っていた。愛弟子の背信に、師正造は

怒り心頭に達し、思わず杖で打擲する。

 

 出所してきた三四郎は、「君は僕を酷い目に遭わせた」

と恨みつつ、身体を奪おうとサチに迫り拒否され、姉様

英子に叱られる。

 

 苦しんでいたサチは、明治四十年、楳子叔母様を見舞い

に行った際に、戦争の後遺症で苦しむ青年高木と出会い、

看護の仕事に関心を持つ。

 

 石川啄木の詩に感動したサチは、土手で出会った青年

にその尊さを語る。土手で自殺しやしないかと青年をサチ

が案じると、電車に轢かれた犬の死体を見たことがある

から自殺はしませんよと青年は笑って去った。

 

 屋台の親父さんから、青年が啄木と聞かされ、サチは

仰天する。

 

 ☆☆サチの目覚めに人権を学ぶ☆☆

 劇団民藝が池端俊策・河本貴の書き下ろし新作を舞台化し

た。足尾銅山鉱毒問題を背景にして、女性の人権に目覚め、

看護の職場から医療の道に歩むサチが主人公だ。

 新田サチの人生を尋ね、女性の強さを明かす名作舞台で

ある。

 主演の森田咲子が熱くサチの命を生きた。その凄みに圧倒

された。

 森田咲子は昭和六十三年(1988年)一月五日鹿児島県生ま

れ。本年三十一歳の若さだが、大地に拠り所を確かめて歩む

女性の逞しさを尋ね深く明かしてくれた。

 

 樫山文枝は女性運動家福田英子を熱く激しく明かす。英子

は抑圧された女性の解放を訴える人だ、だが、三四郎を精神

的弟としながらも、彼がサチを口説けばジェラシーを露にする

等正直に喜怒哀楽を出す。

 今年七十七歳になられた樫山だが、色気や情念を強く打ち

出され、その姿は素敵だった。

 

 大野裕生が、日露戦争の英雄・学校時代秀才と謳われなが

ら、国から役人にしてもらい、故郷を裏切ってしまう兄信吉の

弱さを鮮やかに表現する。

 恩師正造先生に杖で打たれながら「すみません」と謝る場面

に、弱さと悲しみが溢れていた。

 

 三四郎役の神俊将は、解放運動に携わりながら、女の子を

見れば口説かずにおれないという男の気持ちを見事に伝えて

くれた。サチに「キスして」と母性本能をくすぐる手管が鋭いの

だが、甘え上手の男を爽やかに、かつ粘り強く勤めてくれた。

 

 戦争で傷ついた若者高木を、梶野稔が熱演する。「耳を無く

した」と思い込んでしまう心を繊細に表現してくれた。

 高木が終盤回復する場で、観客はほっとするのだが、梶野

の爽やかな魅力が、観客に共感を呼び起こしてくれる。

 

 大中耀洋が石川啄木の孤独を熱く探求する。妻と離れ、小

説で身を立てたくても、中々売れぬことに悩み、娼婦のもとに

行って身体を求める男の哀感が光る。

 

 金井由妃の娼婦が、「ここは地獄?とんでもない。男と女の

極楽浄土だよ」の言葉を決めてくれた。

 

 境賢一が、官憲日下部錠太朗の冷徹さを静かな演技で見

せてくれた。蜜柑を食べながらじっくりと真綿で首を絞めるよう

に、サチの身に情報提供から逃れないように追いこんで行く

過程を渋く表現された。

 無垢なサチが、日下部の罠に嵌ってしまう道が怖い。穏か

な口調が、日下部の冷酷さを一層強く見せてくれる。

 

 仙北谷和子が、福田家の人々やサチを暖かく見守り包む、

楳子様を、豊かな母性愛で息吹かせてくれた。

 

 伊藤孝雄の田中正造の重厚さに感嘆した。義を尊び、国

家・政府の圧力に屈せず、足尾銅山の鉱毒問題を訴え続け、

谷中村の安寧を祈り、銅山閉鎖に尽力する正造先生。

 劇場ドアが開き、白髭の正造先生が登場する。戦いの人

田中正造先生その人ではないかと、観客に実感せしめる力

を感じた。

 大御所伊藤孝雄の熱演によって、2019年の舞台に、田中

正造は蘇った。

 

 伊藤孝雄は昭和十二年(1937年)一月三十一日山形県生

まれで、現在八十二歳の年齢であるが、『戦争と人間 第一

部 運命の序曲』の標拓郎と全く変わらぬ若々しい声量に

感動した。

 

 看護の仕事に覚醒し、石段を登るサチの生き方に、熱い力

を与えて頂いた。

 

 尊い新作を鑑賞した喜びで胸が一杯になった。

 

                                敬称略

 

 ☆☆ここから敬体表現に文体を変えます☆☆

 

 本日千秋楽で公演が終わったので、『正造の石』を結末言及

の形で感想文を発表します。サチの力強い道を尋ねる為には

どうしても、ラストの石段の宣言を学ばなければなりません。

 

 その課題を思い、千秋楽公演終了まで感想発表は待つこと

にしておりまして、全公演が終わった本日に公開する事にしま

した。

 

 高木役の梶野稔さんから、ツィッターで公演を教えて頂きま

した。

 

 梶野稔さん

 

 教えて頂きました事、有り難く存じます。深く感謝します。

高木青年の無垢な人柄に心打たれました。

 

 少年時代から映像で拝見していた、樫山文枝さん・伊藤孝雄

さんを客席から拝見させて頂き、胸が一杯になりました。

 

 滝澤修先生・宇野重吉先生・細川ちか子先生の伝統を守る

劇団民藝のご精神に深く感激しました。

 18日は朝京都を出て、新幹線・中央線と乗り継ぎ、13時には

新宿駅に着きました。

 サザンシアターは素敵な劇場です。

 

 浜木綿子様から樫山文枝様へ

 

 お祝いの花束です。

 

 劇場客席はほぼ満席でした。やっぱり東京は凄い。名作新作

でもお客さんは一杯になる。京都や大阪でも同じ事が起こるだ

ろうかと思わず心中に問いました。

 

 この新作が教えてくれたことは、現代に強く問いかけているこ

とを痛感します。

 

 日本国憲法第九条が改変されようとしていること。

 

 2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故で

放射能の恐怖が広まっている事。

 

 山口敬之氏による伊藤詩織氏拉致監禁・強姦事件。

 

 田畑毅議員による女性に対する準性交強制容疑の問

題。

 

 沖縄の辺野古沿岸埋立と基地問題。

 

 今、平和と民主主義が叩き潰され、憲法が破壊され、

戦争する国にされようとしている。

 

 女性の抑圧が深刻な社会問題になっている。

 

 時に男の性欲が、申し訳なく、辛い気持ちにもなります。

 

 女性の痛み・悲しみは、男の私には分かりませんが、学

ぶ事が大事なのだと教わりました。

 

 『正造の石』の問いかけは、今日2019年の日本に強く響

いてきます。

 

 舞台を鑑賞し、スタッフの方に感動を申し上げて帰路に

付き、16:50東京駅発の新幹線に乗りました。

 晩御飯には博多和牛めんたい弁当を頂きました。

 

 美味しかった。

 

 別件の用事が夜にあり、京都に急ぎ帰らねばならず、

スタッフの皆様に御礼が言えず、申し訳ないことをしま

した。

 

 すみませんでした。

 

 現代の名作舞台『正造の石』は、わたくしに、人権の尊さ

を教えてくれた演劇であると共に、立ち上がる力を呼び起こ

してくれました。

 

                              合掌