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ジェンナー氏の仕掛けた罠が天然痘撲滅の嘘を産み、ワクチン信仰を確立させた!?

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予防接種の驚くべき歴史 てんさい(い) 2002/11/03 03:59:42
(2)

より、インフルエンザ予防接種(ワクチン)が盛んに奨励されていますので、また古い資料を引っ張り出しまして。

古い奴ほど新しい情報が含まれているもので御座います。

予防接種の温泉源、じゃない、元祖とも言われているかの天然痘のおじさん、ジェンナー氏の詐欺的手口がずっと今の今まで医学の教科書の源流となっているようです。

それが天然痘ワクチンの大成功で天然痘が撲滅された

という医学市場の金字塔的、広告パターンに採り入れられ、われわれ一般大衆は「おおお~~~~~~!」と驚いて、ありがたがって手を合わせるという図がずっと続いてきた結果、いまや、ワクチン予防接種というと、「ああ、ありがたいものだ」とついつい手を合わせるクセがついてしまったというお話です。


しかし、元祖予防接種の親がいかに巧妙なトリック的であったか、そしてそれを当時の国家がそれを上回るほどの仕掛けをして来たかを知れば、いくら一般大衆がおばかさんであっても白けるというものです。

いや、そんな理屈は通じない?

信者さんは事実なんてどうでもいいんだ。大切なのは教義なんだよ、チミィ~

そうか、真実よりも教義を無批判で受け入れるから医学信仰と言うんだっけ。



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

[[ 第二章 予防接種の驚くべき歴史]] 


予防接種は、天然痘にかかったときの危険を最小限に食い止めようという、何世紀にもわたる試みから始まった。

人々は天然痘を防ぐ種痘法の父として、エドワード・ジュンナーを知っているが、事実は牛痘(牛の天然痘) の種を使ってこの病気を予防しようという試みは、彼が実験をする前の世紀から行われていた。
彼のアイデアは、この方法を使うことから生まれたのである。



 古代のイギリスやドイツで魔術や予言などを業としていたドワルド派の僧侶たちは、徐々に身体の抵抗力をつける試みとして、天然痘の患者の膿疱からしみ出した液を均質に薄めたものを使ったりしていた。中世においては、同種毒療法として知られる天然痘の生物(膿や溶出液など)を使って病気を治療しようとする方法が、当代一流の天才的医学者パラセルサスによって、特別に用いられた。歴史家ル・デュクによれば、一六七二年シラクサの老女がコンスタンチノープルで同じような方法を用いたとのことである。

彼女は希望者の肌に×型に切り傷をつけ、傷口に天然痘の膿汁をこすりつけた。そして、これが天然痘を予防する確実な方法なのだといっていた。また、こうした天然痘の分泌物に触れることを勧める以外の方法として、敬虔な祈りを捧げること、肉食を絶つこと、四十日間断食をすることきも行われていた。なかでも断食は、個人の健康上意味深い利益効果があるとして好まれた。 なのに、この時代に天然痘がヨーロッパの広い地域に流行していたことは、記憶すべきことである。しかも多くの地方でよく似た予防法が行われていたけれども、すべて自己満足にすぎなかったのだ。 
しかしながらこのとき、エドワード・ジェンナーの仕事によって、種痘の組織的な実施が行われるようになったのである。
彼の職業は散髪屋で、手足を治療する医師でもあった。



バーナード・ショウによると、天才というに値する彼のたった一つの資格は、
牛の病気である牛痘に触れると天然痘にかからないという考えを、ジュステイという農夫から聞き出したという点だけなのである。


 この話の実際は、もっと複雑である。

というのは、牛痘にいつも触れている乳しぼりの人たちから十分な情報を得ていながら、ジュステイの批判にもかかわらず、ジュンナーは「この防衛力は馬から得られたものであって、牛たちは馬痘に感染していたのだ」と主張したのである。

そして彼は、病気の馬から直接人に接種することを主張した。にもかかわらず、彼の実験は当時の人々に幻想をもたらし、英国議会は総額三万ポンドの賞金を彼に与えたのである。


 一度種痘に成功すれば、二度と天然痘にかかることはないという彼の主張は、これに反対する山のような証拠があったにもかかわらず、広く受け入れられた。


後になってヨーロッパでは、すべての幼児たちが牛痘の接種を受けることになった。

そのあげく(十九世紀後半に)天然痘の大流行に蹂躙され、それがきっかけとなって、ジエンナ一によって提唱された方法は禁止されたのである。



 リンドラールは次のようにいっている。
「一八七〇~一年にドイツでは天然痘が猛威を振るっており、一〇〇万人以上の人が罹患し、一二万人が死亡した。

ところが、これらの人の九六%は、種痘をしていたのである。

たった四%の人が防衛力のない状態だったにすぎない。


そこで、ドイツの首相・ビスマルクは各州の政府に通達を送り、その中で、発疹性のおびただしい病人は種痘に起因していること、そして天然痘予防のための牛痘接種の効き目は完全にいつわりであることが明らかになったことを述べていた」



 バーナード・ショウは『ネイション』誌上に、次のように書いている。

 「種痘によって生命を守るのに失敗したことが否定しきれなくなると、とどのつまり、七年間はまだ有効だといい立てる(七は特別な魔法の数である)。
そして多くの場合、再接種を義務づけたのだ。



最も驚異的な大流行が起こって、種痘の義務接種が再高調に達した一八七一年には、毎日誰かが死の災害を受けたのである。
この状態は、一八八一年の他の大流行まで続いた。


ついでではあるが、この一八八一年には私も接種されたが、病気にかかってしまった。だが私は祖父よりも幸いであった。祖父は旧式の接種をし、種痘をし、その上自然の天然痘にかかったのであるから」 それから後は、専門家たちは種痘にのみ頼ることは止め、発生を抑制する方法として隔離を始めた。

 すると、この方法は驚くべき成果を上げ、衛生学の進歩とあいまって、天然痘の発生をみごとに低下させた。こうして種痘の強制は大失敗に終わり、ついに廃止されることになったのである。


 しかし、このように失敗が明白であり、その副反応が多発したにもかかわらず、種痘主義者は、強制接種をしている期間はヨーロッパ全体として発生が低下しているとして、種痘を正当化しようと試みた。


もちろん、この低下と種痘とが相関しているならば、他のすべての方法は排除され、この方法の失敗よりも発生率が低いという長所のために、種痘の継続を促進することが重要であることを示していたはずではある。


けれど、天然痘の影響力の低下に対する栄誉を種痘に与えることはできなかった。

なぜなら種痘をするしないに関係なく、ヨーロッパすべての地域で低下が起こっているという事実があったからである。

もしいくらかでも効果があるならば、コレラ、チフス、結核、赤痢といった同時代に流行した他の多くの「死に至るやまい」の減少に対しても、同程度には効果があると認められるべきであった。




 イワン・イリッチは、明確に指摘している。

「工業化時代の最初から優勢であった伝染病に対しては、どのような医療が効果的であったかを、明らかにすることができる。たとえば、結核は二世代にまたがって最高潮に達した。

ニューヨークでは一人…年に結核の死亡率は確実に最高であった。そしてコッホが最初に結核菌を培養し菌体染色をした六九二年までには、人口一万人当たり三七〇人に減少していた。

最初のサナトリウムが一九一〇年に開院したときには、その率は人口○○人当たり一八〇人に減少していた。

当時結核は死亡率表の第二位であったけれど、第二次大戦後は、
抗生物質が一般に普及する以前でも、

一万人当たり四八人の率で
死亡率表の十一位にすべり落ちていた。


コレラ、赤痢、チフスなども、医療にたよることもなく、同様にピークに達した後、衰えてしまったのである。


病因論が解明され、特効ある治療法が確立されるときまでに、それらの学問は関連性の多くを失い、必要ではなくなっていた。


猩紅熱、ジフテリア、百日咳、麻疹の一八六〇~一九六五年間の総死亡率は、十五歳以下の子どもでは、抗生物質の導入とジフテリア予防接種の普及する以前であったが、この期間に総計で、九〇%近くの減少を示している」



 この死亡率の低下についての説明は、衛生状態の改善、住環境の向上、そして何よりも栄養状態の向上のために、病気に対する抵抗力が強化されたこととともに、微生物そのものの毒性の変化に、関連させることができる。




 このようにして、天然痘や過去の多くの感染症の自然史は、よく似たパターンをたどった。
そして、
これは予防接種に関連があるというよりもむしろ、人間集団でのより良い環境、より良い栄養状態に関連が大きいのである。





このことは、これらの感染症を制圧する方法を改善するために、全力を注ぐ立場に立って考える場合、我々に明白で重要なガイドラインを与えてくれる。 


 
(注1) そして、その場合、宿主(ホスト)とその免疫機能が、中心的で最も重要な視点となる。論争の常として、免疫機能を高める最高の方法は病原菌を弱めたり菌体の限られた一部分を取り出した感染源(すなわちワクチン)にさらすことだと考える人もいれば、免疫機能を高めるには住環境や栄養要因を改善しなければならないと考える人もいる。


もちろん、もしわずかの危険だけの予防接種で効果があるならば、我々は、そうだと信じさせられているが - その論争は、公平に考えられるものとなるであろう。しかしながら、予防接種は本来短期や長期の危険性をはらんでいることが判明しており、またどれほど防衛効果があるかも疑わしいという指摘もあるので、すべての該当者への大量集団接種には、再評価を加える必要があるのだ。


 とにかく、ジュンナ一によって推奨された方法は、十九世紀には悲劇的な失敗に終わった。そして 強制接種計画は、終局的には崩壊してしまった。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

予防接種の驚くべき歴史 てんさい(い) 2002/11/03 03:59:42
(2)




ボタンの掛け違いのごとく、まったく嘘と捏造で進歩してしまった予防接種神話でしたね。

このことを町のお医者さんはほとんど知らないでしょう。

間違いの進歩が今の医学とすると、その医学を真面目に勉強したから医師になれたわけで、医学を否定できないし、むしろ医学を信奉しているからこその医師たちですから。

一般大衆はもっと医学信奉者ですから、こんな記事を読んでも頭に入らないんですね。

インフルエンザに限らず、ワクチン、予防接種神話の教祖ジェンナー氏と天然痘の歴史の真実を知ると、WHOの「天然痘撲滅宣言」は、

おいおいちょっとまったあ~

自然に消えていっただけのことなのに、さも医学の勝利のごとく宣伝してたんじゃないか~~

これって、詐欺じゃないの~~~

いえいえ、そうではありません。

われわれでさえ、そう信じて疑わなかったんです。
(当時、宣言に関わった医師達やWHO職員談)←これは嘘ですが。


となると、騙そうと意識していたんじゃなくて、瞞す方も欺される方もだまされていたってことかな?

対症療法的医学という宗教に。
その宗教の教祖は人類全体の意識かも知れません。特定の人物はいませんので。


結局、天然痘の予防接種が次の感染症を産み、またその予防接種が次の感染症を産み(もちろん、癌などの他の病気も産むが)、次から次へと深い溝に落ちていったのが医学の歴史でしょうか。

そして、いま現在。

鳥インフルエンザ、新型インフルエンザ、パンデミック、感染爆発などと言って、ただの風邪の一種でさえ恐怖している医学はまさに自ら作った落とし穴に落ちる恐怖感を表現しているブラックユーモアの様なものですね。


いままでの間違っていたツケが一度に来るのではないかという自覚しないでの(だから未だにワクチンだの予防接種だと薦めるわけだが)悪あがき的抵抗を試みているのが現状なのだと推測いたしておるのでございます。


たしかにいろいろな予防接種を受けた結果、体内には毒素が排泄されないで残留固結しているでしょうから、今後どんな浄化作用が起こっても不思議はないのですが。

予防接種神話は崩れているのにもかかわらず、いっこうに改心、改新できない人類はわざわざ新型インフルエンザの洗礼を自ら受けるつもりなのでしょうか?

それが天然痘ワクチンの接種の過去の教訓で示されたという事実からイトも易く想像できるのであります。

(完)







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